狼の恋人は、見た目と第一印象に反して悪戯好きである。
その主な被害者は狼で、恋人同士という関係になってからというもの、どれだけ彼の悪戯に振り回されたか知れない。
昨日は、口づけの途中に息を吹き込まれて咽た。
今朝は、鼻をつままれたまま、長い口づけを味わった。
何が性質が悪いかと言えば、普段彼がしないような行動と共に行われるという点である。
悪戯自体も、平素の彼からは想像の出来ないことではあるのだが、それにプラスして、自ら口づけてくるような色っぽいオプション付きなのだから、狼は毎度怒れずに振り回される羽目になる。
ついでに言えば、悪戯が思い通りに行った時の彼の瞳に、楽しそうな色とそれから、言いようもない愛しそうな色が滲んで、狼はそれを見ると、柄にもなく照れてしまって何も言えないのである。
それこそ、面と向かって愛してると言われるよりも、ずっとずっと照れる。
そして、彼の悪戯こそが、彼の『甘え』だと分かるからこそ、全てを受け入れて甘やかしたいと狼は思うのである。
‥‥そんなことをぼーっと考え、幸せに浸りながら眠りにつこうとした時だった。
「‥‥っ!?」
突然瞼に襲いかかったむずがゆさに堪らず瞳を開く。
視界には愛しい恋人の、満足そうな顔。
「どんなに熟睡している人でも、睫毛に触れると起きるのだと聞いてな…」
試したくなったのだ、と楽しそうに囁く声は、情事の名残を残してどこか艶めいている。
「アンタな…」
「本当は、明日の朝にでも試したかったのだが、生憎貴方は朝に強いからな」
気持ちよく寝ようとしていたのを起こしておいて、本人は悪びれずに肩をすくめるのだから始末に負えない。
「私といると飽きなくていいだろう?」
くすくすと笑う相手を組み敷いて、半ば噛みつくように唇を塞ぐ。
「狼子曰く…、寝入り端の狼を起したるは、愚の骨頂」
さすがに、気持ちよく寝かけていたところを起こされてあまり機嫌は良くない。不機嫌を隠しもせずに眼を眇めて相手を見降ろす。
普通の人間ならば、大概は不機嫌な狼には近寄りたがらないし、こんな風に睨まれて硬直しない人間などあまり見ない。それは長い付き合いのある部下とて同じことである。
しかし、今自分の牙にかかろうとしている獲物はまったくそんな素振りを見せない。
「愚で構わん。貴方のその不機嫌そうな眼も悪くはない」
それどころか、弧を描いた唇にそんな言葉を乗せ、狼の目元を愛しげに撫でてくる程の余裕ぶりだ。
まったく…。
「敵わねぇな、アンタには」
狼は苦笑を零してから、もう少し濃密な夜を延ばそうと獲物の首筋に唇を宛てた。
「…お互い様だ。」
そんな甘い甘い、きっと彼にとっては心底本音のため息を耳朶に受け止めながら。
FIN...