久々の逢瀬と、恋人達のイベントの日であったこともあり、まだ夜というには早い時刻から白い体躯を組み敷き、ベッドに沈めてからもう何時間経っただろうか。相変わらず伏せられるサイドボードの時計は役には立たないから、感覚だけを頼りに、恐らく日付が変わった頃くらいだろうとあたりをつける。
激しい情事は、半刻ほど前、御剣の『もう無理だ』という可愛い可愛い泣きの一言で終わりを告げた。その御剣は今、なけなしの体力を振り絞ってシャワーを浴びている。
狼が運んでやろうとしたところ、これもまた『もう触れてくれるな』という、煽っているのではないかと思うような魅力的な言葉で断られた。
狼とて鬼ではないから、体力と身体の反応が反比例している状態の御剣に触れることはさすがに可哀想だろうと判断し、あっさりと引き下がってやった。
そろそろあがってくる頃だろう。
予想通りにシャワーの音が止まったのを聞きながら、狼はベッドサイドに備え付けられた冷蔵庫からミネラルウォーターとグラスを取り出して注いだ。ペットボトルに残った余りはそのまま自分の喉に流し込む。行儀悪く口端から零れた滴をぬぐっているところに、バスローブを羽織った御剣が帰ってきた。
帰ってくるなりベッドに再び身体を放った御剣に、その疲労具合が伺える。
「飲むだろ?」
そう訊いた狼を一瞥して、御剣は甘えるように再び瞳を閉じた。
「おいおい、随分と甘えんぼじゃねぇか」
笑った狼は、それでもグラスの水を口に含み、御剣の唇に運んでやる。与えられる潤いを、御剣は満足そうに甘受した。
何度か水分を運んでもらって少し落ち着いた御剣は、今度は狼を手招いてその身体を所望した。と、言っても勿論、これ以上の無体をしようというわけではない。要するに、もう寝るから枕になれということだ。
御剣の要求を正確に読み取った狼は、大人しく相手の傍らに横たわり、首の辺りに腕を回してやった。
しばらくごそごそと落ち着けるポジションを探った御剣は、無事に見つけられたのか、深く息を吐いた。
「あぁ‥そういえば。」
「・・・?」
ちらりとこちらを見た御剣に、狼は視線だけで問い返す。
「今更なのだが…実家に帰らなくて良かったのか…?」
視線に知らず籠った光から察するに、『そういえば』というのは口先だけで、ずっと気にしていたのであろう。
確かに、今頃狼の母国では旧正月の祭りが催されている筈で、当主である狼は、当然その場に出来る限り出席せねばならない。
「ま…今まで優等生やってきてることだし、たまには反抗期もねぇとな」
おどけたような狼の返答から、旧正月という名目で休暇を取っていながら母国に帰らずに自分のところに転がり込んだのだというところまで理解してしまった御剣は、盛大に眉をしかめる。
「幻聴が聞こえる…」
「はは。こっちのゴタゴタには巻き込まねぇようにするから、ンな顔すんなって」
「そういう問題ではない。
そもそもバレンタインなど本来、貴方の国のものでも、私の国のものでもないものではないか。
そんなイベントと伝統行事とどちらが大切なのだ…」
そう言いつつも、狼が自分の元に来てくれたことが嬉しくて、今の今までこの話題を口に出来なかった御剣とて同罪であるという自覚くらいはある。だからこそ、今更罪悪感で顔を伏せているのだ。
狼は、自分の立場も考えて思い悩んでくれている心優しい恋人の髪を慈しむように撫でた。
「ま、アンタに言われるまで、バレンタインだってことは忘れてたけどな。
アンタと一緒に正月祝うのも悪くねぇと思って。」
『二度目のヒメハジメも出来たことだし…』そう続いた狼の言葉は、全力で投げつけられたクッションに吸い込まれていった。
FIN...