今日は狼の滞在期間のなか日と言うこともあって、御剣宅のキッチンからは狼が作る料理のいい匂いが漂ってきていた。なんともいえない良い香りはなじみのないもので、どうやら狼の母国料理なのだということが分かる。
「おし、出来た」
耳を擽る上機嫌な声に、何もせずにソファから狼の姿を眺めていた御剣は立ち上がる。勿論、不器用な御剣にでも出来る配膳を手伝うためだ。
次々に皿に盛られる料理はどれも初見で、それでもその見た目と香りは食欲をそそる。
「コメはこんくらいか?」
狼が、茶碗によそったご飯を御剣に傾けて見せる。
「あぁ、もう気持ち多く‥」
何気なく口にしたその返答に、狼が変な顔で見返してきた。
そんな視線を向けられる理由のわからない御剣は、小首を傾げて狼に視線を戻す。
「どうした…?私は何かおかしなことを言ったか?」
「気持ち・・・って、俺の気持ちくらいついだら多すぎじゃねぇか?」
「・・・!」
狼が普段あまりに流暢な日本語を使うから忘れがちではあるが、彼は日本人ではない。だから、「気持ち」というのが「ちょっと」と同じような意味で使われるのを知らなくても不思議ではないのだ。
その証拠に、狼の表情を見る限り、彼に揶揄するつもりは微塵も感じられない。
それだけに、素で放たれた口説き文句にじわりと羞恥が這いあがってくる。
「そういう意味ではないのだが‥‥」
頬を染めて顔を伏せた御剣をどう思ったのか、狼は茶碗を一旦置いてぎゅうと抱きしめてきた。
「じゃあ、どんな"気持ち"くらいだ?」
そう聞かれると、由来は解っていても説明がしにくい。
しばし考えた御剣は、口を開く。
「貴方が…私のことを厭う気持ち程…だろうか」
これでも充分惚気になってしまうことは重々承知の御剣は、言ってからすぐに顔をまた狼の胸に埋める。しかし、次に狼が口にした言葉はもっと恥ずかしいものだった。
「は?…そりゃ…逆に減らせってことか?折角作ったんだからちゃんと食えよ」
厭う気持ちなんて、ゼロ超えてマイナスだぜ。
そんな風にさらりと告白してきたとんちんかんな外国人を、恥ずかしいと思いながらも、御剣はぎゅうと抱きしめ返した。
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「厭う」は分かるのに「気持ち」は分からない都合のいい外国人のお話(笑)。