「悪かったって・・」
「・・・・・。」
狼はもう小一時間も、眉間のしわを深くしたまま見るからに不機嫌そうな恋人に、ひたすら下手に出て機嫌をとっていた。
この恋人は、自分の仕事に対して素晴らしく理解がある。
しかし、こと怪我に対してだけは、許してもらえないことが多い。
今回狼は、犯人を取り押さえる際に右腕に刺し傷を負ってしまった。
幸い傷は深くなく、神経や骨には至っていないし、筋繊維も思っていたより無事だ。しかし、そんなことを並べ立てて許してくれるほどこの恋人は甘くなかった。
傷を見つけられた瞬間、冷やかに見下されて一言。
「あなたは、"エリート"国際捜査官ではないのか?」
エリートならエリートらしく、犯人の一人や二人捕まえるのにいちいち傷なんか負ってるんじゃないと、つまりはそういうことである。
その言葉の裏側には、自分に対する信頼と、心配する気持ちがあるからこそ、狼もただひたすら反省し、謝る他術はない。
「なぁ・・悪かった。」
本日何度目かわからない「悪かった」に、ようやく恋人は顔をこちらに向けた。
「仕方がない。罰をひとつ与えて、それで許すことにしよう」
「・・・応。」
恋人の言葉に、狼は微かに緊張する。この賢い恋人の『罰』には実に様々な種類があり、どれもこれもが狼を参らせるようなことばかりなのだ。
今日は一体何を言われるか・・・
そんなことを思って構えている狼に近寄った恋人は、ころん、と横になった。
「・・・?!」
「今日は実に長い法廷でな。疲れているのだよ。」
スウェットを穿き胡坐をかいた狼の大腿に、頭を乗せて気持ち良さそうに目を閉じた恋人に、狼は何も言えない。
「あぁ、くれぐれもなにもしないように。これは罰なのだからな。」
それだけ言い残して、狼の腹に鼻先を少しだけすりよせ、幸せそうにすら見える寝顔を晒している恋人を前に、狼は据え膳状態だ。しかし、だからといってこの状態で下半身に何かあろうものなら、一発でばれるような位置に、形のいい頭がのっかっているのだから、何か出来よう筈もない。
「―――――~っクソ!」
この意地の悪い恋人のことだ。足がしびれるくらいには眠っているつもりだろう。
据え膳をおあずけされ、いざ食べられることになった時には足がしびれて動けない…。
本当に、毎度毎度よくもこんな意地の悪い罰を思いつくものだ。
いっそ子供時代にしそびれた悪戯を一式全部狼に仕掛けているのではないかとすら思う。
……でもそれはそれで、特別扱いなのだから嬉しい気持ちもあるが…。
どうやら、性質が悪いのは恋人の悪戯よりも自分の惚れ具合だということに考え至り、狼は諦めて背中を壁に預けた。
髪を撫でたり…まぁ、キスくらいならしても怒られないだろうか。
そんなことを考えながら…。
FIN...