「…っ、もういい!早く国際警察本部に戻りたまえ!」
思わぬ大きな声で放たれた言葉は、その後の気まずい沈黙を更に強調させた。
些細なことからの喧嘩。
叫んだ方の御剣とて、狼のことが本当に憎くての冒頭の台詞ではない。
今回はあまりにも狼が無茶をして御剣に逢いに来たことがいけなかったのだ。
狼が負った生々しい傷を目にしてしまった衝撃と溢れかえる心配に、自分がその原因であるという事実が加わって御剣の苛立ちはとうに許容を超えていた。
狼もそれを理解しているからこそ、御剣の言葉に一瞬眉を顰めたものの、返す言葉もなく立ち尽くしている。折角逢えた恋人に拒絶されて勿論傷つきはしたが、それ以上に、常にない御剣の剣幕に自責の念を隠せない。
気まずい沈黙は暫くの間二人の間に横たわった。
先に動いたのは、どちらかと言えば考えるより身体が先に動く方である狼だった。
「ちょっと頭を冷やしてくる」と、春風の吹きすさぶ外気に備えてジャケットを手にして背中を向ける。
遠のく黒い背中を暫く呆然と見つめていた御剣であったが、狼の手がドアノブに掛かった瞬間、決心したようにその腕を伸ばした。
背中にどすんっとぶつかるような衝撃と、腰にぎゅうと回された腕に、狼の動きが止まる。
狼が何かを言う前に、御剣が口を開いた。
「貴方が好きだ」
「!」
付き合ってこのかた、ほとんど耳にしたことのない言葉に狼は耳を疑う。
しかし、御剣は尚も言葉を重ねる。
「怪我のことはともかく、逢いに来てくれて嬉しい」
「私も貴方にずっと逢いたかった‥」
「貴方の怪我は、どんなに些細なものでも心臓に悪い」
「そのくらいに貴方を愛している…」
背に顔を埋めているのだろう、聴こえる声はくぐもっている。
それでも容易に聞き取れるその内容に、狼は眩暈がして倒れそうであった。
「アンタ…」
ひとしきり御剣の告白を聞いた狼は、何かを言おうと振り向きながら口を開いた。
しかし、眉を顰めて恥ずかしげうつむいていると予想していた御剣の顔がこちらをまっすぐ見ていることに、驚いてまた何も言えなくなってしまう。
「‥‥今日はエイプリルフールだから、嘘だ」
ふふん、と意地の悪い笑みを浮かべた御剣の瞳はキラキラと光っている。
そんな小憎たらしい顔で、なにやら先ほどの喧嘩よりよっぽど酷いことを言い放った相手に、それでも狼は嬉しさを隠せない。
なぜなら、今日はエイプリルフール。
吐ける嘘はひとつだけ。
どれが嘘かなんて、すぐにでもわかる。
「可愛くねぇな」
不機嫌さを装って狼が返したそんな嘘も、恐らく即刻で見破られていることだろう。
とんだ仲直り方法に、どちらともなくウソツキな唇を塞いだ。