今まで恋愛という分野では苦労を知らなかった狼を、出会ってから現在に至るまで苦心させ続けているのが、日本が誇る天才検事、御剣怜侍その人であった。
狼は、御剣に出会い惹かれてからというもの、今まで付き合ってきたどの相手にするよりも手をかけて感情表現をしてきた。それは、目に見える贈り物に始まって、エスコートの所作ひとつひとつの細部にまでわたる。
しかし、狼のそんな数々の告白に対して、いつも御剣から返されるのは『信じられない』という拒絶の言葉だ。
性質が悪いのは、その言葉からすれば『私は貴方のことが好きだが、貴方が私のことを本当に好きかわからないから付き合えない』という解釈が出来るわけで、つまりは狼が御剣のことを本当に愛しているのだと証明出来れば、付き合うことやぶさかではないと、そういう風に狼は捉えている。
だからこそ、狼はやっきになって御剣に対して様々な求愛行動をとっているのだ。しかし過去、引っ掛からなかった相手はいないというような所作にも、ムードにも、プレゼントにも、御剣はなかなか靡かない。
今日も性懲りもなく御剣の上級検事室を訪れた狼ではあったが、正直手持ちのネタは尽きてしまっていた。それでも手ぶらで赴くのは、と持参した紅茶の葉はどうやらお気に召したようで、今日の御剣は上機嫌だ。
途方にくれながらもそんな御剣の様子に、やっぱり惹かれてしまう自分に溜息を吐いたところで、先程の手土産を薫り高い一杯に仕上げた御剣がそれを狼の前に出して笑った。
「そろそろ、諦めてみてはどうなのだ…?」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
綺麗に笑う御剣に憮然としながら狼は茶器に口をつける。この男の淹れる紅茶は美味で、仕事が原因であれ、目の前の男が原因であれ、ささくれ立った気持ちを落ちつけてくれるから不思議だ。しかし、いつしか鎮静剤の様にして紅茶に口をつけるようになった狼の行動を、御剣が『あぁ、また何か追い詰まっているのか』と眺めていることなど、狼は知る由もない。
「私などという、性格も性別も厄介な相手など止めておけば良いものを…」
呆れたように茶器に口をつける御剣の仕草は優雅だ。それを見やりながら狼は言い放つ。
「だから、イイんじゃねェか。厄介者を相手に選ぶのは職業病みたいなモンだぜ」
「…私を犯罪者たちと一緒にしないで頂きたい」
即答で返された言葉には、気のせいではない苛立ちが滲む。狼はそれを言葉通りに受け取ったが、御剣の不機嫌の理由は他にあり、そしてそれこそが、狼の求愛を拒み続ける理由でもあった。
「悪かったって。ンな怒んなよ」
ひょいと両手を挙げて肩を竦める狼に、御剣はさも気にしていないという風に肩を竦め返し、その雰囲気は一瞬にしてもとに戻った。こういった些細なやりとりも、狼が御剣に惚れた要因だ。
「後、何やったらアンタは納得するんだろうなァ?」
「それを私に訊く時点で貴方の負けではないのか?」
「あー…まぁ、それでアンタが手に入るなら、最終的には俺の勝ちだろ。
狼子曰く、『色恋の沙汰は試合に負けてでも勝負に勝て』だ。」
狼はそう不遜に言って、だから教えろとばかりに強く相手を見返す。その視線に、御剣は困ったように眉を寄せ、しばし戸惑ってから口を開いた。
「‥‥本当は、貴方と付き合うことが嫌なわけではない…。ただ…」
うすうす好意を向けていてくれることは知っていたが、いざそれが言葉になって御剣の口から飛び出すと、狼の心臓は信じられない程のオーバーワークを開始した。心音が邪魔で、御剣の言葉を聞き逃してはならないと、身を乗り出す。
「ただ…?」
どう贔屓目に見ても必死すぎて恰好イイのかの字もない狼の態度を、御剣はどう捉えたか、ふ、とひとつ息を吐いて、少しだけ緊張を解いたようであった。
「私を手に入れることで満足されてしまったら、私は…」
そこまで言って御剣は一度口を閉じてしまった。しかし、それ以上言わなくても狼には御剣の危惧するところが良く分かった。落とすまでが難関であればある程に、落とした後、すなわち、好意を見せ始めた相手を、魅力が半減したとして捉える人間もこの世には居る。狼は特にその好戦的な性格から、御剣にその手の人間であると思われても不思議ではなかった。
「それに私は、‥‥言葉というものに対しての信頼が薄い」
曰く、言葉を扱う職業であるが故に、言葉が真実を覆い隠す場面を嫌というほど見てきた御剣は、いくら愛を言葉で囁かれても信じられないというのである。
「じゃ、身体でってか?」
冗談半分で投げかけた言葉は、冷たい視線で一蹴された。
「言葉だけではない。計算された全てのことに信用を置けない。だから…」
「だから、俺が何言ってもしても、駄目だったってことか」
そりゃあなかなか落ちないわけだ、と狼は笑った。
自分の努力が此処まで見事に裏目に出ていれば笑うしかない。
「て、ことは…ダサイ俺の方が信用できるって?」
「そこまでとは言っていないが…」
「アマいな!作らない俺がどんだけダセぇか…言ったからには覚悟しろよ?」
ビシッと人差指を向けて言ってやれば、御剣からはくすくすと笑みが漏れた。
どうやら、狼の気持ちは受け入れてもらえたらしい。
狼はその長い脚で行儀悪くテーブルをまたいで、ソファに掛けたままの御剣の身体を抱きしめ、改めて告白の言葉を口にした。
「アンタに惚れてる。惚れ過ぎてワケわかんねェから、きっとカッコ悪ィとこばっか見せちまうけど…
アンタがそれでイイってんなら『イッセキニチョウ』だな」
犬歯を見せてにっと笑って見せれば、手に入れたばかりのダークグレイが優しく眇められた。
かくして御剣を無事に落とした狼が、『落としてからも充分難関じゃねェか!』と叫ぶことになるのはまた別のお話‥。
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すみませんすみませんすみまん・・・っ(ならupするな)
最近はべたな同人ネタを書きたくなることが多いのです‥(人はそれをネタ切れとも言う)。
とりあえず、みったんは師父の計算外の仕草とか行動にきゅんときてればいいなと思います。
むしろ師父の生態反応とか生理現象にきゅんきゅんすればいいと思います。
虹彩の動きとか心音とか、至近距離でしか分からないものにドキドキする、
そんなマニアックなみったんが大好きです(笑)